2016年もあとわずか。
いろいろ書きたいことがいっぱいあったのだけれど、時間がなくなってきたし、最後くらい少しゆっくりしようと思うので、また次の機会に。
2017年も引き続き宜しくお願い致します。
12/19/2016
Figure Drawing #61
少し間が空いてしまったクロッキー。せっかく最近気に入っていたところは理由はわからないが開催されなくなってしまい、再開の目処もないらしく、もんもんとしていたので、ちょっと遠いけれど、少し前までお世話になっていた銀座のクロッキー会にお邪魔してきた。
少し鈍ってる感じは否めなかったけれど、楽しむことができました。
スキャン後にコントラストをあげているので見た目にはわからないと思うけど、なんか線の感じが違うなぁと思っていたら鉛筆を間違っていたことに、あとから気がついた。ダンスをやっているせいかとても姿勢が良く、キリッとしたモデルさんで、もっとしっかり描きたかったので、もったいない。
さて、この銀座のクロッキー会も、訳あってたぶん次は行かないかなという気もするので、改めてクロッキー難民です。どっか近くていいところないかなぁ。
12/15/2016
ハナ
ちょうど一年前に個展をさせて頂いた中目黒の美味しいレストラン、シェリールカブレにて12月15日からグループ展が始まります。花をテーマに1点描かせてもらいました。来年1月末までやってます。どうぞ気楽にお食事がてら寄ってみてください。(上は作品の一部。)
I'm in this group show at this restaurant in Tokyo, where I had my solo show a year ago. It goes from Dec 15th till the end of Jan 2017. The theme was simply "flowers," and I just dropped off a freshly made painting. Please swing by if you're around!
12/06/2016
美術部第12回:Still Life
Still Life(静物画)を描こうということで、参加者おのおのに好きなものを持ってきてもらって、テーブルの上にランダムに並べて描きました。
好きなものを描く、というのは僕が絵を描く上で一番土台にしているもの。子供が恐竜だったり、車だったり、女の子だったりを描くのと同じで、自分が何かを好きだと感じた時に、絵を描くという行動が、一番体にしっくりと馴染む。よく見て、認識して、自分というフィルターを通して記録する。逆にいうと、描くという行動を通して、その対象に対する自分の感情を実態を伴った何かとして認識することができる。
またよく思うのだけど、自分が今、何が好きかというのは、自分の潜在意識に結びついていて、好きな理由を理屈的に並べることはできるけれど、結局は好きという感情が先に起こり、あとから意識がそれを正当化しているような気がする。もともともった自分の特性とか、そこに至るまでの記憶の積み重ねが、何を好きになるかを意識するよりも先に選択しているんじゃないか。意識して未来に好きになるように努力することはできるけれど、現時点で好きなものは理屈をともなった意識の選択ではないと思うのだ。
そして、僕たちは思った以上に好きなものでできている。好きなものは正しくみえるし、美しくみえる。好きなものを共有することで、自分自身を共有し、それを否定されれば少なからず傷つく。好きな人が好きなものを好きになり、自分が好きなものと同じものが好きな人を好きになる。そうやって好きの範囲は広がり、その輪の外のものは、興味自体がないか、醜く見えたりする。そうやって好きとか嫌いが世の中の見え方を色付けしていくのに、もともとの感情は常に変わり続ける。好きだと思っていたものにもいずれ飽きがくるし、嫌いだったものでも距離を置けば懐かしく感じたりする。
一方、愛とは意識を伴った選択だ。極端に言えば嫌いなものだって愛することができるわけで、いわば自分の変わり続ける潜在的な感情に対する意思の決定の表明のようなもの。人を、何かを本気で愛することは、好きで居続けることではない。変わり続ける自分の感情を理解し、それでも、注意深く耳を傾け、時間を分かち合い、受け入れ続ける覚悟を持つということだ。そして、好きだという気持ちに意識の力が上乗せされた時の浸透力は凄まじい。
気がつけば熱くなりすぎて絵を描くということから話がすっかりそれてしまったけれど、でも、そんなに関係ない話でもなくて、僕が絵を描くということは、自分が好きだと思ったものに対する愛情表現なのだということが、ここ数年でやっとわかってきたんです。
そんなことを思った美術部第12回。みんなそれぞれに何かを感じて何かを残してくれたんじゃないかと。
11/30/2016
クリエイティブなヒト
気がつけば、もう11月も終わる。
棕櫚への投稿で結構満足してしまって、最近は告知ばかりで文章というものを書いていなかったなと思い立ち、急に書きたくなった。といってもあまり時間もないので、短めに。
近頃、何かと会話に出てきたりでよく考えていること、クリエイティブであるということについて考えてみる。当たり前の前提として、あくまでこれは言葉の定義の話であるので、個人的な解釈に過ぎないということを一応言っておきます。
さて、クリエイティブであるとは、どういうことなのか。もちろん、イラストやデザインといった一般的なクリエイティブな仕業をしている人のことを言いたいわけでは全然なくて。もっと僕の好きな哲学的な話。
いろいろ考えてみたのだけれど、一つの考え方として、僕の思うクリエイティブな人とは、根源的な自由というものを認識することができて、その上で様々な傾向や反動や思い込みから解放された一歩を踏み出そうとしている人、と仮定してみる。
例えば、単純に絵を描くという行動。白いキャンバスがあり、画材は自由に選ぶことができるとする。そこに何を描くかは完全に自由。形も色も、言ってしまえば白いキャンバスである必要もなければ、実は全く何もしなくてもいい。そこには完全なる絶対的な自由がまずある。ということを、本質的に体感し、理解するきっかけが生まれる。はじめはその無の空間の大きさに圧倒されるかもしれない。不安でたまらなくなるかもしれない。いつも何かの限界によって制約されていた中で求めていたはずの自由というものの圧倒的な重さや残酷さを痛感する。その自由を目の前にして、自分の存在が確認できない不安にかられる。自分はその無の一部であり、そのものだ。その自由という空間と同化してふわふわと漂っている。しばらくすると、ふと自分の好きなものや人、自分に与えられた能力、その絵を見てくれる人、今までに描いたことのあるものや、見たことのある絵、憧れの画家や、心を揺さぶった情景といった自分という存在をこの世界に繋ぎ止めていた、地面や壁や天井、いわば自分の心の部屋とでもよべるようなものが見えてくる。それはこの世界に自分が存在しているという安心感を与えてくれる。その自由な空間から離れ、自分で定めた自分という存在の限界が、真っ白に圧倒的に目の前に立ちはだかる無の中を進んでいくための力強い道しるべになる。しかし、その道しるべをよくみると、これまで自分を振り回してきた傾向や反動が数多く含まれていることに気づく。やはり自由でありたいと思い返し、踏みとどまってもう一度真っ白のキャンバスを眺めてみる。どうすればいいかわからない。しかし、どうにか進まなくてはならないということだけは、なぜだかはっきりとわかる。その悪戦苦闘の中で、踏み出そうとしている一歩が、クリエイティブな行動であると、僕は思う。結局、その一歩もある傾向の一つに過ぎないのかもしれない。しかし、心のずっと奥の方、自分の部屋の深くに隠された扉から、世界の核のようなところに直接つながっていて、それは世界の全てを密かに繋ぎ、そこには白いキャンバスに何を描けばいいかがしっかりと記されているような気がする。
そして、こんなクリエイティブな行動をとっている人は、世界のいたるところで様々なことをしていて、それぞれが少しずつそのつながりを広げて行っているように感じる。僕もそんなクリエイティブな人になりたいなぁ。
そして、こんなクリエイティブな行動をとっている人は、世界のいたるところで様々なことをしていて、それぞれが少しずつそのつながりを広げて行っているように感じる。僕もそんなクリエイティブな人になりたいなぁ。
11/26/2016
シュロテン
この度、挿絵と文章で参加させて頂いた文芸誌「棕櫚(シュロ)第5号」の発売を記念して、明日からマルカフェで棕櫚展が開催されます。クリスマスまでの約1か月ほど。僕の挿絵も2点あるし、棕櫚も購入できるし、ご飯すこぶる美味しいし、中の人をはじめそこに関わる人みんなで作られていっているような不思議で素敵な空間です。明日27日(日)は13時から開催を記念してちょっとしたイベントもやってるそうですよ。
営業時間をサイトでチェックして是非お立ち寄りください。
http://ameblo.jp/malucafe/entry-12222635192.html
営業時間をサイトでチェックして是非お立ち寄りください。
http://ameblo.jp/malucafe/entry-12222635192.html
11/08/2016
Listen to Your Heart
奥さんの個展が東京三宿のギャラリーUnicaにて11月8日(火)から13日(日)までやってます。
僕も主に夕方頃からですが11日(金)以外は毎日 アシスタントとして在廊予定です。
ぜひ彼女の空間を通して聞こえてくる音を体験しに来てく だい。
Yu's exhibition will start on Nov 8th(Tue) till 13th(Sun) in Mishuku, Tokyo. We successfully installed all the goodies today! Come visit and experience your own sound in her space.
https://www.facebook.com/ events/194685860941660/
http://unica.link/events-news/exhibition/1998
僕も主に夕方頃からですが11日(金)以外は毎日
ぜひ彼女の空間を通して聞こえてくる音を体験しに来てく
Yu's exhibition will start on Nov 8th(Tue) till 13th(Sun) in Mishuku, Tokyo. We successfully installed all the goodies today! Come visit and experience your own sound in her space.
https://www.facebook.com/
http://unica.link/events-news/exhibition/1998
10/31/2016
シュロ
僕も石川友助さんの小説「スパイス」に挿絵で参加させて頂き、さらに調子にのってアメリカでの生活から去年の日本での個展に至るまでの話を載せて頂きました。
去年の個展が終わったころから、ちゃんと言葉にしたいのにどうしてもうまくまとまらずにもやもやしていたものがあって、これはいい機会を頂いたとはじめは気楽に思ってたんだけど、でもいざ書き始めようとすると、初めての緊張はあるし、どんな形であれ本になるという重圧はあるし、何よりも考えが支離滅裂すぎてなかなかまとまらず、なかば諦めかけていて、そこで、初めてなのだし、重い話は置いといて、まずは自己紹介をするような気持ちで書こうと、少し力を抜いて書いてみたら、なんとか一応まとめることができました。あいかわらず廻りくどい言い回しは多いけれど、まぁ自分らしいと受け入れられる程度になったかな。
なかの真実さん作画の表紙も秀逸で、美術部作の挿絵も実に素晴らしいです。参加作家さんの小説を読むのもとても楽しみ。自分の作品を通して、自分が素敵だと思う人たちが作るものに繋がって、また逆に自分の元に繋がってくれることも嬉しい。なんだかこうやって、時間や縁の流れそのものになれるような感覚は素敵だなぁと思うわけです。
棕櫚について詳しくはマルカフェさんのブログにて。
ちなみに上の絵は僕の描いた挿絵のラフスケッチ。下の絵はなかのさんの描いた表紙。
10/07/2016
アリとキリギリスの話
ある日、神様に地球の破滅を頼まれた悪魔が
この世界にやって来た。
何も知らずにせっせと働くアリに
「ねぇ、明日世界は燃え尽きてしまうから、
キリギリスのように最後くらい気楽に過ごしなよ」
キリギリスのように最後くらい気楽に過ごしなよ」
と、教えてあげた。
次の日、すっかり燃え尽きてしまった世界の果てで、
懲りずにぴょんぴょん
飛び跳ねてばかりいるキリギリスがいたので
「ねえ、明日世界は凍りついてしまうから、
アリを見習ってちょっとは蓄えてみたら。」
アリを見習ってちょっとは蓄えてみたら。」
と、言った。そしたら、
「アリはせっせと働いてる時に、
キリギリスはぴょんぴょん飛び跳ねてる時に、
一番幸せを感じるように作ったんだよ。」
キリギリスはぴょんぴょん飛び跳ねてる時に、
一番幸せを感じるように作ったんだよ。」
と、神様に怒られた。
最近たくさん文章を書いていて、ふと思いついた話。
最近たくさん文章を書いていて、ふと思いついた話。
10/02/2016
Figure Drawing #60
またまた下丸子のクロッキー会に参加してきました。
綺麗なモデルさんでポーズもいきいきとしててクリエィティブで面白かった。今日は午前中だけと思って行ったので、午後も参加したくなってしまったけど、後ろ髪引かれながらも撤退。
ちゃんと描こうと思いすぎると面白くない線になるし、気を抜きすぎると雑すぎて何も掴めなくなってしまうし、繰り返すしかないとはわかっていても、もどかしいものです。
今朝はなんだかとても疲れていて、行こうかどうかちょっと迷ったりもしたけれど、やっぱり行ってよかったな。秋晴れの中、心地よい午後の時間を過ごせました。
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